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知らず知らずのうちに心身に付く「罪」と「穢」。

「罪」と「穢」は,現代で一般的に考えられているものとは異なります。2つ合わせて「罪穢」(つみけがれ)ともいわれますが,「罪」と「穢」もそれぞれ異なるものです。

どちらも,知らず知らずのうちに心身に降りかかり蓄積されること,正しく祓い除くことができること,きちんと祓い除かないと災厄を引き起こす原因になること,この3点は共通しています。

「罪」-食糧・社会・生活に不穏を生じさせる

食糧の生産・社会や生活の安穏に,支障を生じさせる可能性があるものが「罪」とされます。

すなわち,病気や天災も「罪」に含まれることになります。自分の行為ではなくても,巡り巡って何らかの支障になる可能性がある出来事全体が「罪」なのです。他人の「罪」も,人為的でない「罪」も,すべて自分や社会全体の「罪」として影響してきます。現代の罪(犯罪)の考え方とは大きく異なります。

自分の行為とは無関係であってもいつの間にか心身に蓄積してしまうので,「積み」と説明されることもあります。どんな善人であってもこの「積み」が重なり,祓い除かないと災厄を引き寄せる原因になるといわれています。

「穢」-心気を停滞させ災いにつながる

避けたいと思わせたり不穏を感じさせたりするモノやコトが「穢」を生じさせます。例えば,死・病気・怪我・出産・月経・汚損・欠損・不潔・腐敗・混乱・犯罪があてはまります。ここらから生じる気持ちの停滞や凋落が「穢」であり,「気枯れ」と説明されることもあります。

忌避感や不安・心配が生じないのであれば,当人にとっては「穢」ではありません。しかし,列挙したようなことは通常は忌避感や不安・心配を生じさせるので,一般的に「穢」なのです。

「穢」と「汚れ」は密接に関係しますが,「穢」のすべてが「汚れ」ではなく,「穢」の一部に「汚れ」カテゴリーがあります。例えば汚損や不潔は「汚れ」であり「穢」ですが,死や出産は「汚れ」ではありませんが「穢」です。

祓での塩の意味

祓では,しばしば塩や塩湯(塩を溶いた液体)が用いられます。
これは塩分が必須のミネラルであり,欠乏すると倦怠感や錯乱を引き起こすのを古人が知っていたものと考えられます。不足の状態で不調になるのだから,「気枯れ」の状態からは塩を用いれば回復できると考えたのでしょう。
あるいは,海の水の代わりとして用いたとも考えられます。あらゆる罪と穢は川に流され,川から海へたどり着きます。海を通じて,最終的には根国底国へと移っていつしか消失します。「海」を祓いに取り入れることで,罪も穢も確実に除き去ろうと考えたのでしょう。
いずれにせよ,塩の霊力や重要性は古来から認識され,貴重であった塩が祓いに用いられてきました。